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2017年12月のメッセージ

■今年も残り少なくなってきました。
一年の幸せと実りをもたらしてくださる歳神様をお迎えするために、家の煤払い、そして正月飾りの準備など暮れは何かと忙しいですね。

■先日、山梨県立博物館に甲府徳川家の企画展を観に行ってきました。
こちらの企画は、こうふ開府500年実行委員会が後援となっています。江戸幕府の第6代将軍家宣が、将軍に就く以前、綱豊と名乗って甲斐国を中心に支配していました。甲府藩は、関東近郊においては、水戸藩に匹敵する石高を有する大藩でした。甲府徳川家は、尾張・水戸・紀伊より上の格式を与えられていました。甲府徳川家は、綱豊とその父の綱重、2代の家です。綱重の父が第三代将軍家光です。そして綱豊は、宝永6年5月1日に第6代将軍家宣として指名されました。将軍就任以前から家宣は生類憐みの令の停止や御用方右筆の創設など新井白石をブレーンとして、「正徳の治」を推進し、新しい時代の到来を予感させました。同年7月に後の家継となる男子鍋松が誕生します。この時が家宣のもっとも華々しい時期でした。

■しかし就任からわずか4年後、正徳2年に家宣は51歳で亡くなりました。
残された4歳の将軍家綱と共に、甲州系実務官僚たちは、「正徳の治」を継続していきます。
しかし正徳6年に家綱は没し、旧甲府藩士が支えた「正徳の治」は終わりを告げ、
徳川吉宗が紀州藩から8代将軍として、江戸城に迎えられることになりました。甲府の素晴らしい歴史に触れて嬉しく思いました。これからも甲府徳川家のルーツを大切に語っていきたいと思います。

■今年は22日が冬至ですね。
柚木湯に入って健康なお正月をお迎えください。皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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